東京オリンピック

皆さんこんにちは。

直近での大イベントと言えば、東京オリンピック&パラリンピック でしたよね。皆さんはご覧になりましたか?

開催に関しては多方面から賛否両論がありましたが、開催されたらされたで普通に観戦してました。

筆者は小さい頃からサッカーをこよなく愛しているサッカー少年って事もあり、選手の頑張りには感化されましたね。

やはりスポーツはいいものです。

ここまでは純粋にオリンピックを楽しんだというお話で、これからはカメラや写真を趣味とする僕が独自(?)の観点で気になった点について話しをしていきたいと思います。

それは、東京オリンピック&パラリンピックで使用された報道用カメラのシェア率についてです。

競技を観戦していてメインで映るのは当然ながら選手の皆さんですが、もう一つ気になるのがカメラマン達の存在です。

「なんのカメラを使用しているんだろう」←非常に気になりました。

なぜかって?だって、最近はカメラ業界がハイスペックカメラ発売しまくっているから。なので、調べてみました。

って事で今回は、東京オリンピックに於ける報道用カメラの使用率とその歴史について 紹介していきたいと思います。


▼この記事で分かる事
  • 東京オリンピックでの報道用カメラメーカーシェア率について
  • オリンピックに於けるカメラメーカーのシェア戦
  • オリンピックに於けるカメラメーカーの歴史

目次

調べようと思った経緯

経緯

まず、なぜカメラメーカーのシェア率を調べてみようと思ったのかを簡単に説明します。

思えば、この数年でカメラ業界には大きな変革が起きています。

それは、一眼レフからミラーレスカメラへの移行です。

4年前のリオデジャネイロオリンピック開催時にもミラーレスカメラの導入があるのではと少し期待していたのですが、いざ始まってみれば99.9%がNIKONのD5やCANONのEOS-1DX Mark IIなどの一眼レフカメラのフラグシップ機を使用するカメラマンがほとんどでした。

当時のミラーレスカメラは現場で戦えるほどの仕様ではなく、やはり信頼と実績の一眼レフを使う事が当たり前だったとなんかの記事で見た覚えがあります。

しかし時代は進み、ミラーレスカメラの開発に力を入れてきたSONYが躍進しました。

そのクオリティは4年前とは比べ物にならない程で「これなら現場でも戦えるのでは」と思えるほどにまで成長を遂げました。

つまり、僕が東京オリンピックでの報道用カメラのシェア率が気になった理由として、これまで動体撮影に弱いとされていたミラーレスカメラがスポーツ大会の最高峰であるオリンピックという舞台でどれだけ実戦投入されているのか。

そんな興味から生まれた疑問だった訳です。

東京オリンピックカメラシェア率

カメラマン

調べている中でこんな記事を見かけました。

「キヤノンが20日、東京2020オリンピック競技大会の各種競技(陸上競技[男女100m決勝、男女4×100mリレー決勝]、競泳[男女4×100mメドレーリレー決勝、混合4×100mメドレーリレー決勝]、バスケットボール[男女決勝]、体操競技[男女団体決勝、男女個人総合決勝]、野球[決勝]、サッカー[男女決勝]、テニス[男女決勝]、ゴルフ[男女決勝第4ラウンド])と、プロフォトグラファーに使用されたキヤノンの報道用カメラの使用率が約55%(競技における使用率の平均。キヤノン調べ)と、トップシェアを達成したと発表しました。」

というのは、CANONさん。

そして Amazing Graph さんの記事中には、「東京2020オリンピックを撮影したプロフォトグラファー、のべ352人の使用カメラを調べたところ、CANONが210人。NIKONが110人。SONYが32人とCANONがトップシェアを獲得した。

と書かれていました。

大方の予想通りですが、やはりCANONが強い結果となりました。予想通りというのは、テレビでオリンピックを見ていてもCANONの特徴でもある高級レンズ群の白レンズが目立っていたからです。

いい意味で予想を裏切られたのが、SONYです。

SONYの最高級レンズ群である、Gマスターレンズも結構見かけた事ですね。

って事は、SONYのミラーレスカメラが実戦でも使用出来るようになったと証明される形になりました。

一方でCANONを使用している人の機種別はどうなの?って話になるかと思います。

CANONもEOS R を始めとするミラーレスカメラの機種も豊富になってきており、EOS R6 や EOS R5 なんかのクオリティはCANONのフラグシップモデルである EOS-1DX Mark II や EOS-1DX Mark III と同等、もしくはそれ以上の性能を持っているので、実戦でも使えるのではないかと個人的には思っていました。

実戦では一眼レフが主流

昨今のカメラ業界はミラーレスカメラの市場が急成長を遂げており、一眼レフカメラの市場は衰退の一途を辿っています。


出荷数
一般社団法人 カメラ映像機器工業会

上の表からも分かる通り、2020年には総出荷数がミラーレスカメラが一眼レフカメラを上回っています。

4年前のリオデジャネイロオリンピックでは見られなかったミラーレスカメラが東京オリンピックでは、多少なりともシェア率を伸ばしている事からも近い将来にはミラーレスカメラが主流になってくるのではないでしょうか。

また、東京オリンピックではCANONがゴールドパートナーとして、MPS(メインプレスセンター)の一角にプロフォトグラファーを万全の体制でサポートする為にフォトサービスセンターを開設しました。

ここでは、

「撮影機材の点検・清掃・修理の対応をしている。撮影機材のトラブルなどが原因で、競技の決定的瞬間を逃さないよう「ゼロ・ダウンタイム」で取り組んでおり、センターの規模は今大会最大。どんな修理にも24時間以内に対応できように、あらゆる部品に加えて多くの代替機、そして経験豊富なスタッフを数多く揃えて臨んでいるのだと言う。」

として、多くのカメラマンのサポートを行っていました。

そんなフォトサービスセンターに修理や点検で持ち込まれるカメラの機種別では、まだまだ1DX系の一眼レフカメラが多いとの事。

ただし、メーカーの予想よりは EOS R5 や EOS R6 などのミラーレス機も多く使用されていたと紹介されています。使用用途としてはメイン機としてではなく、1DXなどのサブ機としての役割が多く、レンズもRFレンズではなくマウントアダプターを介してのEFレンズが主だったとも記載されています。

まだまだ、プロユースでRFマウントが浸透していませんが、この辺が来季の冬季北京オリンピックではどう変わってくるのか興味津々です。


    東京オリンピックではミラーレスカメラの導入も見られ、4年後のパリオリンピックではミラーレスカメラの割合が更に伸びるのではないかと予想される。

白黒戦争の歴史

今回、東京オリンピックのシェア率の他に紹介したいのが過去のオリンピックに於けるキャノンとニコンの歴史についてです。

戦争なんて物騒な物言いですが、オリンピックで選手達がしのぎを削る中、昔からもう一つの戦いが行われてきました。

それが「白黒戦争」と言われるカメラメーカーさん達の戦いです。カメラメーカーさんと言っても、キャノン VS ニコン の戦いになるわけですが、なぜ白黒戦争と言われるのかご存知でしょうか?

この辺は想像に難しくないかと思いますが、キャノンの高級レンズ群である白レンズとニコンのレンズ群である黒レンズから名付けられた戦いです。

オリンピックに於けるカメラメーカーのシェア率の歴史

少し歴史を振り返ってみましょう。

ニコンがシェアトップを獲得した1964年

振り返る事約50年前の1964年東京オリンピック。皆さんはこの年の東京オリンピックのカメラメーカーのシェア率をご存知でしょうか。

答えは、ニコンがほぼ100%のシェア率を誇っていました。

そもそもそれまではドイツ製のレンジファインダー機が主流だった世の中で、ドイツ製のレンジファインダー機に技術で太刀打ち出来なかったニコンが一眼レフカメラの開発に着手し、1959年に Nikon F を発売した事が一眼レフカメラの始まりとされています。

一眼レフカメラの登場は、まさに革命を起こしたと言っても過言ではありませんでした。

この Nikon F  の登場によりカメラ界に革命を起こしたニコンは東京オリンピックで見事な一人勝ちを納めたのでした。

一方、この頃のキャノンはプロが使用できるような機種がありませんでした。これは、市場の小さいプロユース向けのカメラを制作したところで採算が取れないから作らなかったと言われていますが、真相や如何に。

ここから約30年に渡り報道用カメラに於いてはニコンの一強時代が続く事になります

1971年になるとキャノンもプロユース向けに開発した CANON F-1 をリリースしました。

ですが、数年前から一眼レフカメラの開発・製造を行ってきたニコンの牙城をそう簡単に崩す事は容易ではなく、1988年のソウルオリンピック開催時のプロカメラマン達が使用する機材と言えば、やはりニコンが圧倒的なシェア率を獲得していました。

1990年代 AF時代の幕開けで情勢に変化

EFマウント

1990年代になるとカメラはAF機能を搭載したカメラが主流となりました。

まず、キャノンはTA80というAFカメラを発売しましたが、このカメラの発売によって自社がAF機能に於いて他社より大きく遅れている事に気付きます。

「これじゃマズいと」と思ったキャノンがその失敗を糧にしたのが、EFマウント、つまりEOSシステムの開発・発表でした。

このEOSシステムの開発によりニコンに大きな逆風が吹くことになります。

1987年にEOSシステムを発売すると、画期的なシステムとその高いAF性能が評価され、プロフォトグラファーが徐々にニコンからキャノンへ移行していきました。

今思えば、これは大きな決断だったように思います。昨今はEFマウントからRFマウントへの移行が進んでいますが、マウントアダプターなるものを使用すれば、従来のEFマウントのレンズも使用可能です。

ですが、当時はマウントに互換性をもたせるアイテムはなく、EFマウントを使用する為には機材の一新が必要でした。カメラ機材って安くないですからね。ユーザーには非情とも思える決断だったかもしれませんが、この決断は後のキャノン躍進となる1つのターニングポイントとなった事には変わりありません。まぁ、この辺は結果論ですけどね。

一方、キャノンが新マウントの開発に着手するなかで、ニコンはユーザーを大切にしたいという想いから、これまでのマウントを変更せずにAF化を進めました。

しかし、結果としては技術的に大きな躍進を望めず、後塵を排する事になってしまいました。

そして1996年のアトランタオリンピックではキャノンがオリンピックに於けるカメラメーカーのトップシェアを獲得する事となったのです。

連写性能の向上によるニコンの逆襲

トップシェアを奪われたニコンが奪還に向けて発売したのが F5 という機種。

その特徴は、秒間約8コマの高速連写が可能である事。

「え?8コマなんて遅くない?」

って思われる方もいるかも知れませんが、当時はデジタルではなくフィルムの時代なんです。フィルムカメラはデジタルと違い一枚撮影したらその度にフィルムを巻き上げる動作が必要になります。

この動作が弊害となって、それまでの最高コマ数は約5.5コマとなっていました。

それを考えると、ニコンが打ち出した秒間8コマというのは衝撃の数値だったという事は想像に難しくないと思います。

連写速度の向上はオリンピックなどのスポーツ大会では必須能力で、コマ数が多いと一秒間に撮影出来る枚数も多くなるのでシャッターシャンスを逃さなくなるというメリットがあります。

この F5 の発売によりキャノンへ流れていた人流が止まりました。

なぜニコンがこの秒間8コマを実現できたのかというと、伝統のFマウントシステムを継承し続けた事が要因です。

Fマウントは、アナログ的なコイルスプリング機構を使用しており、これがシャッター動作後のフィルムを巻き上げる際のパワーが強かったとされています。

いつの時代も実はアナログ式の方がパワーが出る事がありますからね。

キャノンが新マウントを開発する中で、伝統のFマウントを継承し続けた恩恵がここで生まれる訳ですから世の中分かりません。

カメラはデジタルの時代へ

世紀末になるとカメラ業界はまたしても革新の時を向かえます。

それが フィルムカメラからデジタルカメラへの移行 です。

1999年にニコンが Nikon D1 を発売しました。これを皮切りにデジタル一眼レフ戦国時代の幕が上がったわけです。

まず、この D1 が評価されたのが価格です。

デジタル一眼レフはそれまでにも幾つかの機種がありましたが、どれも動作が遅く200万円前後の価格も足かせになって全くと言っていいほど売れませんでした。

D1 は発売価格が65万円とそれまでのデジタル一眼レフと比べても機能も価格も文字通り破格でした。

思えば、日本のみならず世界に於けるカメラ業界のターニングポイントではいつの時代もニコンが先駆者となっていたのが分かります。

こう思うと、ニコンの一眼レフカメラ国内生産の終了は悲しい感じがしますね。

「世界のどこでも作っても一緒だろ」って言う方もいますが、いまだに メイドインジャパン のブランド力が強いのも事実ですからね。

そして、D1 発売から数年はニコンがデジタル一眼レフカメラ市場で優位でしたが、事態が大きく動いたのが2002年でした。

フルサイズセンサーの自社開発

それまでは、キャノン・ニコンともにフルサイズセンサーの自社開発が出来ませんでした。ですが、キャノンがパナソニックからフルサイズセンサーを調達した事で事態は大きく変化します。

ルサイズセンサー搭載機とAPS-Cセンサー搭載機を使用した事がある人は分かると思いますが、素人目には質の違いは分からないかもしれませんが、比べてみると明所部や暗所部のダイナミックレンジの広さや、画角の広さ、描写力などはフルサイズセンサーに軍配が上がります。

フルサイズセンサーの恩恵を受けた、EOS-1Dsによってプロカメラマン達のキャノンへの大移行が始まったのです。

また、スポーツカメラマン達にはAPS-Hセンサーを搭載した EOS-1D が望遠に強いとされ、キャノンの一強時代に突入しました。

この時のニコンと言えば、フルサイズセンサーの開発には消極的で「APS-Cで十分」みたいなスタンスが仇となり、ユーザーの流出を食い止める事が出来ませんでした。

そして向かえた2004年のアテネオリンピックでは、キャノン9に対して、ニコン1と決定的な差をつけられてしまったのです。

ニコンを窮地から救った D3

キャノンがプロユースのみならずカメラ業界を席巻する中で、2007年にニコンの窮地を救うカメラが発売されました。

それが、名作と謳われる Nikon D3 です。

まずこの D3 が如何に凄いカメラだったのかというと、2004年のアテネオリンピックで9対1とキャノン優位だったシェア率が2008年の北京オリンピックでは、なんとキャノン6のニコンが4程度の割合までシェア率を戻してきました。

D3 が発売されたのが2007年の11月の事だったので、僅か数ヶ月でプロカメラマンたちはニコンのカメラを手にする事となりました。

なぜか?それは、D3の異常なまでの高感度性能にありました。

例えばEOS-1Dsが最高ISO感度が1250に対して、Nikon D3 は最高ISO感度6400を達成しています。また、ISO6400に対しては最大で2段分の増感(ISO25600程度)が可能となっていました。

この仕様はスポーツなどの動体撮影や、屋内での撮影をするプロカメラマンには喉から手が出るくらい欲しい仕様だったという事です。

カメラを趣味としている人達は分かると思いますが、動体撮影や屋内での撮影ではどれくらいシャッター速度が稼げるかで写真の仕上がりは変わってきます。

これを踏まえると、高感度性能が桁外れな Nikon D3 へ移行するのは自然の流れだったのではないでしょうか。

これに焦ったキャノンは、これまで高速連写機であった EOS-1Ds とフルサイズセンサーを搭載した EOS-1D を1つのカメラにまとめた EOS-1DX を発売しました。

ニコンもくる2012年ロンドンオリンピックに向けて D3 をブラッシュアップした Nikon D4 を発売し2012年ロンドンオリンピックを向かえるのでした。

2012年ロンドンオリンピック

2012年のロンドンオリンピックではシェア率こそ半々のように思えたが、ニコン側は「ロンドンでは6対4でニコンに軍配があがった」と言えば、キャノン側は「我々の方が優勢だった」とコメントを発表しています。

拮抗している中であれば、お互い自社が有利だと発表するのは当たり前ですが、色々な記事を読んでみても発言に曖昧さがあるのはキャノンの方でした。

2016年リオデジャネイロオリンピック

この時代になると、カメラは更に進化を遂げており、ニコンはD5。キャノンはEOS-1DX Mark IIを発表しています。

ただし、この頃には新機種が発売されたからといってカメラマンたちがメーカーを移るという現象は起こらなくなっています。

というのも、「様々なシーンで、どっちのメーカーを使っても同じクオリティの写真撮影が可能だよね」ってくらい機能が頭打ちを向かえて、両者共に差のない作りになってしまったという現実があります。

そして、リオデジャネイロオリンピックでもシェア率が拮抗しているせいか、両社共に勝利宣言をしていました。

2020年 新時代の幕開け

機能に関しては頭打ちだった一眼レフカメラ。しかし、2010年代中期になると、ミラーレスカメラが市場を拡大します。

キャノンやニコンが一眼レフカメラの性能を向上させている間に、電気機器メーカーの大手であるソニーは一貫してミラーレスカメラを開発・製造していました。

ミラーレスカメラは一眼レフカメラに比べてコンパクトで軽い、それでいて、ミラーが無い分、高速連写が可能で、描写力も差異がないのでアマチュアカメラマン達に広く受け入れられました。

しかし、プロユースという点では「バッテリー持ちが良くない」「ファインダー内の被写体追従が遅い」「表示にラグが生まれる」などあくまでアマチュア向けのエントリー機というイメージを払拭できずにいました。

そんな中、2013年になるとソニーからフルサイズセンサー搭載ミラーレスカメラが登場すると一気にミラーレスカメラは一眼レフカメラを超える速度で進化していきます。

2017年にはソニーがプロフェッショナルモデルとして「a9」をリリースしています。性能はキャノンやニコンのフラグシップ機であるEOS-1DX Mark IIやNikon D5にも引けを取らない仕様 いなっていて、秒間20コマという高速連写を実現しています。しかもブラックアウトフリーで。

プロフェッショナル機と称しているだけあって、これはあきらかにプロユースを意識した機種であり、事実2018年の平昌冬季オリンピックでは会場近くにプロサービスを出店していた点からもソニーの本気度が伺えますね。

そして、2020年東京オリンピック。

公式サイトの写真から各メーカーの比率などを調べても、リオデジャネイロオリンピック時のように対して差はないように思えます。若干キャノンが多いかなって感じです。冒頭でも述べた通り、

「キヤノンが20日、東京2020オリンピック競技大会の各種競技(陸上競技[男女100m決勝、男女4×100mリレー決勝]、競泳[男女4×100mメドレーリレー決勝、混合4×100mメドレーリレー決勝]、バスケットボール[男女決勝]、体操競技[男女団体決勝、男女個人総合決勝]、野球[決勝]、サッカー[男女決勝]、テニス[男女決勝]、ゴルフ[男女決勝第4ラウンド])と、プロフォトグラファーに使用されたキヤノンの報道用カメラの使用率が約55%(競技における使用率の平均。キヤノン調べ)と、トップシェアを達成したと発表しました。」

ここからも約55%ということであまり大差はなく、どちらの機種を使用したところで写りに差がなく、どんなシーンでも撮影出来てしまう事からプロカメラマン達の人流はあまりなくなってしまったのでしょう。

ただ、大きな変化が1つ。

それはリオデジャネイロオリンピックでは見られなかった、ミラーレスカメラが台頭してきているということです。

オリンピック会場のどの写真を見ても、ソニーのカメラが少数ながらも見掛けるということに時代の変化を感じ取る事ができます。

ミラーレスカメラの性能に関しては、一貫して行ってきたソニーに軍配があります。実際にミラーレスカメラのシェア率はソニーがトップです。

ここに待ったをかけたのが、ニコン。続いてキャノンがそれぞれフルサイズセンサー搭載のミラーレスカメラを販売しました。

キャノンはEOS R5 や EOS R6 の発売で食い下がっていますがニコンは立ち遅れた感があります(個人的な見解)。結果、ニコンはカメラ市場の業績不振から一眼レフカメラの国内生産を中止するという決断に至りました。

2024年のパリではもしかしたら、キャノン VS ソニー の構図になっているかもしれません。そして、それは事実上のミラーレスカメラ頂上決戦となる事でしょう。

ニコンもカメラ事業から完全撤退したわけではないので「もしかしたら」があるかもしれません。

2024年が今から楽しみですね。

東京オリンピックのカメラシェア率を調べてみたまとめ

今回は雑談系のネタを紹介しましたがどうでしたか?

時代とともにカメラも進化している事が分かったかと思います。個人的に驚いた事が、一眼カメラがデジタル化してからさほど月日が経っていない事でした。

デジタル化が本格化して約20年。ニコンの D3 なんかは名機と称されていますが、これは当時の革新的な高感度性能を実現し、ニコンの業績に大きく貢献したというバックボーンがあったからなんですね。

今回は僕自身も色々と学ばせてもらった記事となりました。